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アキ
★オーセンティックコーチ★
Demartini Institute社公認
★トレインド・ディマティーニメソッドファシリテーター
★バリューファクターファシリテーター
幼い頃からなぜか何をやっても満たされない空虚で生きづらい人生を歩む。うつ病や身内の死を通して真理の探究を始める。
その過程で自分を偽る生き方にほとほと嫌気がさし、
この世界の仕組み/真の自己(Self)を理解。
※瞑想中に驚くべきビジョンを見る。
巷で流行っているエセ自分軸確立ではなく、どうやれば真の自分軸(真我)を確立でき、自分自身の天才性を発揮できるのかを理解。
心理学/脳科学/哲学/仏教/アドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)/人間行動学の権威Dr.ディマティーニの教えなどをベースに、人々をありのままのその人へと導く。
過去の自分と同じように、道に迷っている人たちに向け、悟りという観点から、この世の仕組みを知り、超自然的に生きられるようになる情報を発信。
Osho, クリシュナムルティ、ルーミーなど詩的なを好む。
『ナーサディーヤ・スークタ』
文体が一貫してないから読みにくいですって?
———そんなことはしらないわ。こちらはなんの問題もないもの。
むしろそれだからこそ貫くものが見えてくるのですよ?
———多少の忍耐が必要よ。多少のね。
伝えたいのは内容ではなく「認識構造」なのです。
『neti neti in veda as Ankh』
あの人物は実在したか?
…でいえば実在したものは何もないが答え。
だからそこで迷うこと自体
レイヤーがずれてしまっているんだよ。
つまり見つかるはずのない場所で
落としたと思ってる鍵を探してるのさ。
「あれはあったか?」「実在したか?」は
さえぎらなければ
まぶしすぎた
さえぎりすぎて
まぶたとじた
あとはおまかせ
ひとみあけた
どれだけかたっても
でてはいかない
どれだけかたらなくても
はいってはこない
ゆらがぬことで
ゆらぐことをかのうにした
あのせいじゃく
この“あの”ため
そんな“この”ため
どこにもいかないがためが
どこでもとなりえるためだった
このため
だがため
かのため
あのため
め
め
め
あ
あゝ
◯ゝ
『neti neti in veda as Ankh』
あの人物は実在したか?
…でいえば実在したものは何もないが答え。
だからそこで迷うこと自体
レイヤーがずれてしまっているんだよ。
つまり見つかるはずのない場所で
落としたと思ってる鍵を探してるのさ。
「あれはあったか?」「実在したか?」は
悟りとは特別になることではなく、
あらゆる全てが特別でしかない(=特別なものはない)、
そう感じてしまう視座を持たない視座のことである。
並列化で浮かび上がる直列。
奥行きとしての「はーい、こんにちは♪」というこだまの再登場。
そしてそれは同時に優劣の解体でもある。